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  市立竹原書院図書館
  〒725-0026   
  広島県竹原市中央
  4丁目7番11号  
  TEL 0846-22-0778  
  FAX 0846-22-1072

 

 

課題本

『半島へ

稲葉 真弓/著 講談社

読書会を終えて

吉川 五百枝

 始まりは「立夏」。5月の例会で読むのにぴったりとあてはまる課題本になった。
 先ず、アカテガニという赤い色彩が登場して,それから緑色の山野につづく自然描写は、頭の中をフルカラーのモードに立ち上げる。身の回りに置かれた木製の馴染んだ道具類が沈んだ色でアクセントをつけるようだ。
 半島とは、三重県の志摩半島をさしている。
〈東京って、最高〉といっておよそ30年東京暮らしをした女ひとり、猫を相棒にして〈太古から生き延びた土地〉に別荘を建てた。
 水を吸うモチノキ 数ヶ月の命しかない働きバチ 空っぽの山繭 青い風 朝の薄い霧 青白い煙 少し銀色を帯び甘くて涼しいにおい 「サ行」の魔術みたいな音 野放しなのに生臭くないエロチックな香り シェルターの化身となる森 二十四節気の暦 月齢の暦 潮汐表。
 それらを並べただけで野や山、海の気が満ちた半島の家が見えてくる。
 次々と現れる森や林のひっそりとしたたたずまいに、読み手の肩の力が抜け、読む速度が遅くなる。書き手の呼吸に合わせて楽に読み進めている。
 沼の水生植物の中に小舟が忽然と姿を現すと、自分だけの「舟の来歴」を転がして手足のあるぼろぼろの舟の物語にして楽しむのも、詩人である作者の感覚が息づいている。海から上がってくるものとして、牡蠣に手足をつけて想像をたのしむ主人公だから、舟に手足をつけても不思議はない。
 近隣の住人は適度に距離を保ち、心身共に越境してくる様子がない。
〈野は野菜と果物だらけ。岸壁のいたるところに牡蠣。アサリも海草も魚もひしめいている。野で暮らすのだ。海に入るのだ。なんて贅沢な老後だろう。〉
 主人公のつぶやきそのままに、こういう種類の贅沢もあるだろうと想像すると、その中に浸ってますます読む速度が遅くなる。
〈植物の生育は、ひとの思いの届かないところにある〉と思いながらも、殺虫剤を買い込んで植物や動物と闘う女ひとり。生活の中心にあるのは四季、それも二十四気節。数えたらいったいどのくらいの動植物の名前が作品に顔を出したのか。名前を知らないで共存している命の多さは、想像もできない。
 東京で暮らしていたとき格闘した相手は、なまはげみたいに立ちはだかってくる消費社会。それは 廃棄物に象徴される。安らかな半島の森や林の中にも、廃棄物が進入してくる。人間とは異質なものの如く存在するが、命に満ちあふれている半島の現実の後ろ側にあるもう一つの現実として顔を出している。廃棄物は、人の安楽な暮らしのために働いた残体なのだから。
 例会の会話の中でも、光には陰の部分があるという話題にもなった。半島が光とすれば、(著者には『志摩 ひかりへの旅』という詩集がある)草取りや、にがての生きものとの鉢合わせ、そして、なにより、その暮らしを自分の身で支えていく体力気力の賄いが陰の部分となる。現実生活の厳しさが、読み手の生身の経験として捨てきれない。
〈この世の主人は誰だろう。〉
〈本当のふるさとはどこだろう。〉
 岩と海と真っ青な空の半島の小さな誰も居ない浜で,〈未分化のままで、ミジンコのように浮かんでいた遠い記憶〉に思いを馳せながら、 主人公は自らに問いかける
 彼女が大切に思うこの自由、この浮力を、読み手として共に味わいながら、次第に主人公の足下に吹く風が感じられる。すばらしい自然に恵まれた半島の生活だろうけれど、いつまでもどっぷりと浸かっては居られない。
 作者が、志摩半島と東京を行き来する生活を始めたのは45歳ころらしい。そしてこの作品を書き下ろしたのは60歳過ぎのことだ。ここに書かれたのはおよそ1年分の情景だが、その時間は砂のようにこぼれて〈無限の場所〉に近づいていく。主人公は、老いていく自分を見ている。読み手も、一緒に座り込んで堪能していた半島の自然だったが、移動する主人公と共に腰を上げる気分だ。
 終の「ふるさと」はどこなのか。
 どこなのかと尋ねつつ〈無限の場所〉なのだと示している。
「無限」には時や空間の限定がない。つまり「将来」という言葉も「東京や志摩半島」という言葉も相応しくない。とすれば、「連続するいま・ここ」が結び続ける縁を「ふるさと」と言うしかないでしょう、と作者と語ってみたい。
 作者は、この後64歳で、東京の病院に入り、膵臓癌でベッドから去った。
 彼女の〈遠い記憶〉から引き継いだ〈縁の小車〉は、まわり続けているだろう。

 志摩半島はたしかに美しい光景が広がる。今回も、作者の資料だけではなく地図や観光雑誌まで竹原図書館に用意してもらえたので、半島を紙上で眺める事ができた。そこに、どれほどたくさんの命の営みがあることかと、これまで観光案内の雑誌で見ることのできなかった命を感じたのは、この作品の描写のおかげである

(講師)


三行感想

〜 会を閉じて忘れぬうちに 〜


 題名の『半島へ』の「へ」と言う助詞の使い方に注目。
 内容はとても単純、穏やか、読後感としては爽やか。
 でも筆者の今後や身の始末の仕方を考えさせられます。
 自然感溢れる実感できる部分の多い小説ですよ。(K)


 いなかで暮らしたいなら、こういう生活ができると読むだけで体験できたような気がする。人間が動物や植物を世話するように創られたと聖書の創世記に書いてある。アダムとエバのエデンの園を思い出した。永遠に生きて楽しめるという将来、神の約束をまちたい。(TK)


「半島」という文字から日本以外の半島を思った人が他にもいらしたことが面白かった。半島へ向かう主人公は暗い生活から明るい場所へ来て、重くのしかかった肩が徐々に軽くなっていく生活をおくれる場所を見つけた。地図片手に行ってみたいなとと思わせる、なんと素敵な半島なのかと興味を持って読みました。(N2)


 私は人生の終り方のヒントを頂きました。暦は人生の水先案内人 天体のサイクルの中で自然と一体化して生き死す。体験が宝物になりそう。(苦・楽共)(M)


 何かに傷ついて、東京の生活から逃避し、半島と行き来する人生を選んだのだろうと思った。会の参加者は、こんな生活は長期間は、出来るものではないという話が主婦の目線でおもしろかった。
「帰るところがあるからこそ 現実の世界が楽しめる」
「苦しいこと、しんどいことは開放される時が必要」半島への生活はそのひとつかもしれない。(Y)


 東京から志摩半島のある入江に移り住みそこに住む人との交流を楽しみ、海や森からの溢れんばかりの自然の恵みを享受して暮らす。
 一年弱が過ぎ再びここに戻る気持ちをどこかに残し乍らひとまず荷物をたたみ東京に帰ってゆくのだが。(YA)


 初めて参加しました。ここ何年も本を読んでいません。少しずつでも読む習慣をつけたいと思い参加しました。『半島へ』さらっと読みましたが、今日の話を聞きもう少し深く読まないといけないなと思いました。(MY)


 志摩半島での1年弱の暮らしが二十四節気にそって描かれた物語。年取っての東京から半島への移住は体力も気力も必要で大変であろうと思った。(KT)

『半島へ』を読んで

 半島とは三重県の志摩半島のことなのですね。
 題を見た時、思ったのは朝鮮半島の話かと思いました。竹原の海、山ありの場所。私の住んでいる所に似ているので、納得出来ることたくさんありました。アカテガニの話、私も竹原に来て大潮の日、夜、アカテガニの産卵を見て感動しました。
 テレビ局が来て、それを写し放映しましたので、見た人もいるのではないでしょうか。竹の子、はちみつの話、自然染めのこと、真珠の養殖はありませんが、ハチの干潟には、ワカメ、ヒジキ、ノリ、カキと自然の海の恵みの品、たくさんあります。
 農家の人は今の暦より、二十四節気を使用します。私はよく手紙を書きますが、友人からいつも教えられる事です。月も昔のよびかたで書いてきます。
 この人は東京のめまぐるしい生活から離れて、自然にかこまれて自分の思う様にくらして、今はめずらしく子供が玩具で楽しく遊んでいる様です。どんな所でも十もあれば一もあります。自分に合う場所でも永い間住んでいれば変わります。自然も自分も。
 私はどこで死ぬのか、どんな形で最後を迎えるのか、ここと決めた場所は、はたして現れるのか、きっと死ぬまで同じことを思いながら生きていくのだろう。
 自分が思うようにはなりませんからね、人生は。(M子)


 ずっと東京で生きると思っていた、独身女性の<私>が、あるとき、志摩半島に家を建てる。崖と海と森のある暮らし。息抜きがてら通っていたが、しばらく暮らしてみることにする。二十四節気に沿った、春から夏、秋、冬の田舎暮らし。はちみつや筍、旬の野菜のお裾分け。蛍、静かな時間。虫や雑草たちとの格闘。森の恵み、海水浴。同じような移住者との交流。空気も景色もゆっくりと、でも確実に変化していく、それを感じる喜び。私は<私>とは逆に、瀬戸内海の島から東京に引っ越したが、<私>の喜びや、戸惑いがよくわかるような気がした。豊かさとは何か、贅沢とは何か、幸せとは何か。<私>が経験し、感じる一つ一つを、私はとても懐かしく、少し淋しい気持ちで読んだ。

 「どこでもいい、逃げ出す場所が欲しかった」と、<私>は言う。
半島の家に住み始めた頃は、確かにそこは東京からの逃げ場所で、ひとときの休息だったのだろう。しかししばらく半島の家で暮らすことを決心した時、何もかも置いてきたつもりだった<私>は、すべてを担いでやってきていた。迷いも、悲しみも、戸惑いも。そして一見無関係のような自然の中にも、都会とそう変わらない、悲しみや得体の知れない不気味さがあることを知る。

 「赤い咽喉が落ちている」、藪椿のシーンがとても印象深い。森を歩いていて、おびただしい量の藪椿が道いっぱいに無数の花を散らせていたのだ。近づきがたい、藪椿の墓地。森は生を育むが、また死も内包している。
 「早く、早く。でないと間に合わなくなるものがある」。
何が間に合わなくなるのだろう。<私>は何を焦っているのだろう。老いを目前にし、どこを死に場所にするかということか。どこを自分の居場所として作り上げ、<シェルター>にするのかということか。問題は、どこに住むのかではなく、<私>がこれからどう生きるかということなのだろう。
 「早く、早く。でないと間に合わなくなるものがある」。
一日一日と、死に向かって私たちは生きている。読んでいる私自身も問われている。そんな<私>達の焦りを飲み込むかのように、森はそこにただ<ある>のだろうなと思う。(C)


 東京に生活拠点を置く主人公は一年弱の期間を志摩半島のある入江で過ごす。季節の移ろいを感じられる自然豊かな森と海からの恵みと共にそこに暮らす人たちとの交流がいきいきと描かれている。森ではいろいろな生き物たちが楽しませてくれ、植物は季節の移ろいを教えてくれる。池だった場所に残る船の残骸等の気味の悪い姿。森の様子が目に浮かぶ。移住者が多いそこに暮らす人たちの個性的な生活や生き方。何の大きな事件が起こるでも無い半島での生活。何が一年間も主人公をひき留めたのだろう。母親と住む為に、一応引揚げてゆくが、果して又都会から志摩半島に戻って来るだろうか。(YA)


 題名は『半島へ』。半島は朝鮮半島かしら。「へ」となっているから作者の意志の強さと情熱の深さを感じるなあと思いつつ、読み始めると三重県の志摩半島だと分かり一人苦笑しました。
 さて読み進めると、作者が志摩半島の自然(草下の地層、森に棲息する動物、生える植物、星空など)を光や空と一体となりながら見つめ、葉擦れのかすかな音さえも聴きもらさず、森の繊細で微妙な匂いを嗅ぎ取り、森や海の豊かな旬を味わい、目に見えない気配さえも体中の肌で感じるという瑞々しい感受性でとらえていることに感服しました。
 また登場人物「私」が二十四節気に沿って多様で豊富な知識に基づいた生活を送っていることに、読者は一種の憧れを抱きながら、小気味よく読み深めていくことができました。「私」は蚊取り線香の煙にむせながらも年老いた母と珍しいヒメホタル見学をしたり、満天の星空に吸い込まれていく「現実と非現実の境がなくなる」あの感覚に酔いしれたりしながら、至福の時を感じているだろうなと読者としても嬉しくなりました。
 さらに半島で出会った養蜂家の越智さん夫婦、自然染めの橘さん夫婦などと程よい距離で付き合っていることも理想的です。だから一見気味悪く感じる白骨事件の噂話(息子の溺死、病死の夫、死に場所を求めた妻)にも何故か本当だったのではないかと錯覚してしまいました。
 最後、東京での生活を完全に終わらせるために東京へ行こうとする「私」。読者は思わず次回作を期待してしまいました。
 ところが読書会に臨みこの作品の読後の心地よさは、裏側に作者の“闇”があってそれを敢えて書いていないだけではないかということを学びました。「私」は東京での生活(男との別れ、親友の死)に傷つき疲れ心に“闇”を抱いて、志摩半島を目指して来ています。「私」にとって森は“女たちの隠れ家”であり、孤独をなだめるために、“自然と共に在る暮らし”を営むことで自然の優しさに癒されたいと願った場所なのではないでしょうか。読者はいっそう「私」の“闇”への想いを深くするのでした。(S)


 最近、里山ブーム、古民家カフェ、田舎への移住が盛んである。 
いくら良いと思っていても、かなりの決断が必要だ。
 古い家の改装、近所づきあい、現金収入の確保など考えると、不安と重荷でいっぱいになる。
 私の場合、害虫とか、治安を考えると、やはり街の団地がいいと思ってしまう。だのに休日になると、田舎のカフェに行きたくなり、それらの人々を尊敬したくなる。
 実際にそんな生活をするとどうなるのか、体験させてもらえるのがこの本となる。
 自然の中で人間がふれあえる感性をあるべきものとして認識しました。人間は、普段からふれあっているものから影響や刺激をうけて、いろいろな品性が開発されていくものですが、各自が何を選ぶか決めなければなりません。自然は人間の基本のようでふれあってない街の日々。公園にいろいろな花をうえて、味わえるおゆになれたらいいとつくづく感じます。(TK)



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