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  市立竹原書院図書館
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  FAX 0846-22-1072

 

 

課題本

『私はマララ

マララ・ユスフザイ/著 学研パブリッシング

読書会を終えて

吉川 五百枝

 パキスタンに生まれた「マララ」という少女にピントを絞り、視界の中心点に置いて追って行く。何を、どのように主張し、どんな暮らしをしていたか、と、マララから目を離さないまま、本人のマララと共同執筆者が書き上げた一冊。

マララの祖父から父へつながれたもの。
 厳しく気むずかしい祖父は、言葉を大切にした。祖父から父への大切な贈り物は、教育だった。公立の高校に行かせて英語を学ばせ、現代的な教育を受けさせた。知識を身につけることの楽しさ、人間のさまざまな権利を踏みにじってはいけないということも、父に贈られたものだ。

父から私マララへつながったもの。
 祖父を喜ばせたくて吃音を克服した父。読書家であり、学校を作ることが夢だった。知識ほど貴重なものはないと主張し、教育を受けられない人がたくさんいることが多くの問題の根底にある、というのが父の意見だ。ブット首相(イスラム世界初の女性首相)が誕生しても、パキスタンの何百万人もの女の子が学校に行けない。
 父の学校経営の苦労は続く。やがてタリバンによって学校は閉鎖され、爆破されるようになった。マララは 父と共に外国のメディアへ破壊の現状を訴え、破壊されたのは建物だけではなく、西洋の知識や技術を吸収する望みも破壊されたのだと訴えた。マララは、戦争をする世界を変えるために教育が必要だという考え方を父と共有する。

母から私マララへつながったもの。
 母は、女性が男の付き添いなしにでかけるのはよくないというイスラム文化の中で、6歳になると学校へ入学。クラスに女の子は母一人だけで、学校生活は1年保たなかった。父と知り合ったとき後悔したが文字が読めないままだ。平和や教育を求めて活動する夫やマララを応援し続けた。

私はマララ
 パキスタンの美しいスワート渓谷を、ふるさととする。作品中では、村の細かな描写が続いて、その美しさが語られる。
 4歳の2001年9月、イスラム過激派のテロによりニューヨークのビルが崩壊。その行為が、対立する世界情勢を明るみに出した。
〈「マララは、どうして顔を出してるんだ?」私はブルカなんか着たくなかった。〉
〈コーランには「人を殺してはならない」と書いてある。しかし、タリバンは、音楽、仏像など芸術と文化と歴史を奪った。〉一口に「イスラム教徒」と束ねられない混乱がみてとれる。ベナジル・ブットが殺された日〈「私も、女性の権利のために闘わなければ」〉とマララは思っている。
 恐怖のタリバン。インタビューに応じて考えを公表したくても、タリバンとタリバンを恐れる家族の許しがなくて話せないパキスタン国内。だが、11歳のマララは、恐れることなく〈「タリバンはペンや教科書を奪うことはできても、考える力を奪うことはできない」〉と話した。
 正体がわからないものがタリバンを支援している。状況が複雑すぎてわけがわからなくなっている多くの人々は、それぞれが疑心暗鬼となり、暴力や強権力にひきずられている状態が記される。父は、恐怖は人間を残酷にすると言う。
 野蛮な公開裁判や公開処刑が行われ、いつも恐怖と隣り合わせであり、和平協定下で、タリバンはますます凶暴化する。2009年、一家は国内避難民になって故郷のスワートを離れざるを得なかった。
〈頭に何もかぶらないだけで モダンになれるわけではない。〉
 タリバンの命令に背いて、こっそり学校に通った事もある。どこででも教育の必要性を声高に話した。問題だらけのパキスタンなのに それを解決しようとする政治家がいない。マララは 政治家になろうと夢見た。
〈私がしたのは、意見をはっきり口にしたこと。〉
 声を上げ続ける人間を狙い始めたタリバンは、2012年15歳になったマララを「教育を宗教から切り離そうとしたアメリカを崇拝する西洋かぶれの女」として、下校途中に襲撃した。頭を撃たれイギリスの病院に送られたマララは。奇跡と言われる手術を乗り越え、2013年国際子ども平和賞受賞、2014年ノーベル平和賞などを受賞した。
〈私が父に活動させられたのだという人も居る。活動は、私の意思なのに〉。こうして“タリバンに撃たれた少女”は“教育のために闘う少女”に成長し、発信し続けている。

 読み終わって、マララへ固定していた焦点をはずすと、いくつもの事象や疑問が押し寄せてくる。今回の読書会は、そこから始まったとも言える。スワート渓谷はどんなところか、パキスタン・アフガニスタンという国の成り立ち、ヨーロッパ・アメリカ・ロシア(ソ連時代から)の影響、イスラム教の性質、タリバンを始めイスラム過激派の存在。そして、パキスタンで無人航空機から爆撃を受けた「ナビラ」という少女。彼女も戦争を回避するためには教育が必要だと主張している。
  一冊の本からの広がりが大きいので、今回は、図表や写真を使ったMさんのレポートにみんなの語り合いが助けられた。図書館からも資料提供があった。日々動いているイスラム圏のニュースに接するとき、多様な視点が必要だと感じる。マララやナビラが、教育の大切さを述べているのも、こうした視界の広がりを得て考えようということだろう。
〈イスラム教は、平和と人道と同胞愛を重んじる〉。マララの信じるイスラム教は、このようなものだと述べている。異なる文化や価値観どうしが、どうおりあいをつけていくのか、そこで自分は何ができるのか。
 中学校のカリキュラムの一つとして「職場体験」があり、図書館体験としてこの読書会に参加した4人の中学生に、戦争について考える何かを聞きとってもらえただろうか。

(講師)


三行感想

〜 会を閉じて忘れぬうちに 〜


 戦争によって多くの人々が亡くなっていることを聞いておどろきました。戦争をこの世界からなくしいきたいと思いました。(T)


 命がねらわれるかもしれないという中でもしっかりと自分の意見を主張しつづけているマララさんの勇気におどろきました。(R)


 私たちはあたりまえに勉強をしています。でも、マララさんやナビラさんのように勉強がしたくてもできない人がいることにびっくりしました。この話を聞いてから勉強ができるありがたみに気づきました。(A・N)


 命が狙われるかもしれないという状況でも、圧力に屈せず、訴え続けるのは、すごいな、と思いました。(M)


 彼女の意識の高さには感服します。ノーベル平和賞を受賞した少女だけにとどめてはいけません。彼女の背景を知ることがとても大切と思いました。並行してナビラ・レフマンも読んでください。お腹にも、心にもズシ!!とくる本です。おすすめ本です。(K)


 2年前、最年少17歳でノーベル平和賞を受ける。又パキスタンに生れ、又想像を絶する過酷な生活環境の中で子供、とりわけ女の子の教育の内容性を訴える。何故教育が必要なのか、又反対に教育が誰にとって都合の悪いものなのか。(YA)


 私達の全く知らない世界で貧困と戦争。世界を巻き込んでいる。マララさんは命をかけ第二の人生で頑張っている。味方の人々のなかでもマララさんにいろんな意見を言っている。どんな状況でも自分のブレない主張ができるマララは強く素晴らしい人だと思う。 (TK)


『わたしはマララ』一冊の本の背後にある歴史、宗教、大国の影響等々を、改めて読んでみたいと思いつつ、きっととても複雑だろうとつくづく感じました。(N2)


 この本に出会ったことで、アフガニスタン・パキスタンの歴史を学ばせてもらいました。「教育」の大切さを改めて感じました。日本の今後は……? 私たちにできることをやりたいと思いました。(E子)


欧米文化と米文化と経済がイスラム圏に圧力をかけた為、色々まさつが起こってくるなー。歴史が大きく動くとき、しばらく様子を見れば女性も権利がやってくると思うが、時間と労働力がいる。(M)


 6/21の読書会でマララ・ユスフザイさんが生まれたパキスタンの北部山岳地帯のスワート渓谷の写真に出会うことが出来た。美しい山岳地帯だった。心を動かされる風景にマララの芯の強さを見るような気がした。『わたしはマララ』読書から様々な歴史や文化・宗教・人間模様を学習することが出来た。
ほんの少しだが「知らないことを学ぶ」ことから、今の自分を振り返り、自分にできること、次のステップとしての「知らないことを学ぶ」体験を少しでもしていき、自分はどう考え、何をしていきたいかを探れるようにないたいと思った。(R子)


『わたしはマララ』著者紹介を読みました。これだけで『わたしはマララ』の本を読んだような気がしましたが、先生の話を聞き、アフガニスタン、パキスタンの歴史とか、どうしてうたれたのか、又シリアの情勢とか考えないといけないことに気が付きました。(M・Y)



 まず、「わたしはマララ」プチ調べに驚いた。パキスタンの歴史が少しわかった気がした。次にマララさんとナビラさんに関しては「対テロ戦争」の犠牲者という点では同じなのに加害者がちがうだけで二人の少女のあつかいが違うという事もわかった。
 つくづく日本人は幸せだと思った。(KT)

『わたしはマララ』を読んで

 ノーベル賞受賞後の講演で世界に向けて子供たちの教育の大切さ、必要性を訴えるマララさんの姿は多くの人に感動を与えた。パキスタンでタリバン等の脅威が包囲する厳しい環境にあっても父親の感化や教育を受けたお蔭で一本のペンの力で社会の歪みを世界に知らせ訴えることが出来た。タリバンに襲撃され九死に一生を得たにも拘らず、なお子供たちに一本の鉛筆の必要性を訴える彼女の強い姿は最早一人の少女の姿ではなく世界中の賛同となっている。何故教育が人にとって必要なのか、反対に誰にとって教育は都合が悪いのか。(YA)


 課題本は『わたしはマララ』。出版された2013年に1度読んでいたので、今回で2度目でした。体中に鳥肌が立ちました。
 マララさんの凄まじい生き様や貫いた信念の強さから、世界中が感動で震えました。
(1)死の恐怖との闘いの中で、ひるまず登校したこと(襲撃前)
(2)死の恐怖との闘いの中で、襲撃後も自分の信念を貫いたこと
(3)死の恐怖との闘いの中で、世界中に女子教育を訴えていること
(4)死の恐怖との闘いの中で、家族や仲間を信じ抜いたこと
(5)死の恐怖との闘いの中で、襲撃したタリバンを許していること
 彼女は、アフガニスタンやインド等の周辺諸国との状況の中でパキスタンがおかれた歴史的、地理的、政治的背景を客観的に見事分析し、自らの考えを主張し平和の尊さを訴え続けています。誇り高きパシュトゥン人として、自分がこの世に生まれてきた使命を全うしようとする姿にさえ見えます。
 彼女のお陰で世界中が知ったことは多々あります。
(1)学校へ行けない女子が世界中で6600万人もいるという現実
(2)経済的理由や設備環境の悪さで、続けられないという現実
(3)貧困や無教育でタリバンやISに加入してしまうという現実
(4)教育こそが平和な世の中を築くきっかけになるという現実
(5)学ぶことは、生まれてきた喜びを実感させてくれるという現実
 一方、日本に住む私にできることは何かと考えたとき一ヶ月間「無力感」にさいなまれました。でも気付いたのです。「限りなく無力に近い微力だけど、無力ではない」と。所属するボランティア会で、両国に絵本を送る活動に参加しようと決心しました。
 マララさん、ナビラさん、アフガニスタンのマリアムさん、それぞれの地で、自分の夢をどこまでも追い続けてください。世界中で応援しています。(S)


 マララさんのことは、有名でしたけど、本人からの話をきけてよかったと思いました。銃でうたれた時のことや、治療がリアルにきけて、又、本人の平和や勉強したい女の人への権利の主張を強くもっておられるその熱意は並のものではないと思った。
 勇気やねばり強さ、忍耐、自制がある。恐怖や自然災害、貧しさ、そして貧しさの中での人間関係を垣間見ることができる。ある人は、有利な方へまかれる人も。でも、マララの家族は、他の人に食物をもてなしたり、教育をうけるチャンスをたくさんの人にひらいてあげている。
 今、ニュースでも、恐怖の中で過ごしている人がいると思うと心が痛くなる。彼女は星のような存在でした。(TK)

紹介本一覧 (抜粋)

『ナビラとマララ』
「対テロ戦争」に巻き込まれた二人の少女
宮田 律/著 講談社  2017.03

『 今がわかる時代がわかる世界地図 2016年版』
成美堂出版編集部/編集 成美堂出版   2016.01

『 マララとイクバル』
パキスタンのゆうかんな子どもたち
ジャネット・ウィンター/さく 道伝 愛子/やく 
岩崎書店 2015.03

『 マララさんこんにちは』
世界でいちばん勇敢な少女へ
ローズマリー・マカーニ−/文 西田 佳子/訳
西村書店   2014.11

『マララ』
教育のために立ち上がり、世界を変えた少女
マララ・ユスフザイ/著  道伝 愛子/訳
岩崎書店  2014.10

『武器より一冊の本をください』
少女マララ・ユスフザイの祈り
ヴィヴィアナ・マッツァ/著   横山 千里/訳
金の星社  2013.11


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