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  市立竹原書院図書館
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  FAX 0846-22-1072

 

 

課題本

『忘れられた巨人

カズオ・イシグロ/著 土屋 政雄/訳 早川書房


読書会を終えて

吉川 五百枝

 様々な苦悩に耐えながら、長い年月を寄り添って生きてきた老夫婦(アクセルとベアトリス)が、息子を訪ねて旅をする物語。簡単に大筋を言ってしまえばこうなるが、村を追われた少年、戦士や騎士も道連れとなり、道具立てが大掛かりで複雑なものとなる。
 老夫婦が旅する舞台はイギリスだが、今のイギリスという呼称ではなく、6000年前に、地殻変動でヨーロッパ大陸から離れた大ブリテン島だと言わなければ落ち着かない。
最初に住み着いた人々に対して、異なる生活文化を持つ人々が移住してくると、それはしばしば侵略と呼ばれる。そこでは両者の間で戦いが起きる。
 大ブリテン島は、2000年前にはローマ帝国の属州となったが、ゲルマン民族の大移動に対処するためローマ帝国が撤退したあとは、ブリテン島の住人(ブリトン人)が暮らしていた。そこへ、5世紀頃大陸からゲルマンの一派サクソン人が移住してきた。
ブリテン島最古のケルト系ブリトン人は、この新しい侵入者に対抗して各地で戦ったのだが、その中で英雄として伝承されているブリトン人がアーサー王だ。
 この歴史的な展開を知らなくても作品は読めるが、あれこれ想像しながら道具立ての妙を味わうには、少し知っていることを思い出す方が膨らむ。
 子どもの頃は『アーサー王物語』や円卓の騎士の物語を読んで、エクスカリバーを岩から引き抜くアーサー王、魔法使いマーリン、騎士ラーンスロットなどと親しくなっていたものだ。今回の読書会でも、図書館からアーサー王関連の本が参考資料として提供された。     そこでは、血なまぐさい戦闘が繰り返され、裏切りや復讐が種となり、怨念が歴史を重ねたであろうが、それは 他の様々な本から得た知識だ。
 作品を読み進んでいると、老夫婦の旅の道連れとなったガウェイン卿がアーサー王の甥として登場し、これには驚いた。イギリス人にとって、アーサー王はそれほどまで身近なのだろうか。
 ブリトン人とサクソン人の争いをみると、民族が大きく融合していくときに、各地で起きてくることは現代も変わらないと思える。サクソン人は、ゲルマンのウォーデンやトールなどたくさんの神を信仰していた。一方、ブリトン人は、4世紀くらいには殆どキリスト教が根付きケルト系キリスト教と言われるようになっていたが、キリスト教が入るまでは、ドルイドというケルトの自然崇拝の信仰があった。ドルイド僧が活躍する物語もある。それらが入り交じっていく過程では、争いが絶えなかったことだろう。
 文中には、旅の途中で立ち寄ったキリスト教修道院での宗教論争が記される。
 羊飼いを装うサクソン人の戦士が〈「最悪の行為をベールで覆い隠しておいて、それを償いと呼べるのですか。キリスト教徒の神は、放置されたままの不正義などどうでもいい神なのですか。わが祖先の神は法を明確にし、その法に背いた者を厳しく罰する神でした。」〉と怒りをこめて問う。
 修道院の神父が答える〈「私たちの神は無限の慈悲の神です。神の慈悲を悪用してはなりません」〉と。
 異なる信仰が出会ったときの場面として心に残った。現在の世界情勢も、このような問答が、武器を持って行われている。
 このあたりの展開から、遠巻きに話題を起こして次第にテーマに向かって狭めていく作者の手法を、『日の名残り』(2001年)で体験したことを思い出した。
 竜が登場してくることで、いよいよ渦が中心に向かう。
 竜は、アーサー王の父ユーサー王がペンドラゴン(竜の頭)とよばれていたように、伝説や物語には度々登場する。しかし、ここでの竜クエリグには華々しさはない。戦士と勇壮に戦う場面はないし、姿を現すこともない。ただ、忘れるという霧を生んで世間を包む竜であった。
 過去を忘れさせる象徴として登場した竜は、「忘却」の意味の二面性を鮮やかにする。
 過去を忘れる穏やかさを最終章まで老夫婦の旅姿に託し、怨恨の過去を忘れない頑なさを騎士ガウェインや領主に描き込んだ。最初は、過去を忘れて旅に出た老夫婦であったが、竜が退治され霧が消えると、二人とも過去の過ちや怒りを思い出す。
〈懐かしい記憶を取り戻したくてクエリグの死を望んだ。だが、これで古い憎しみも国中に広がることになるのかもしれない。〉
 息子の住む村を尋ねようとした老夫婦だったが、夫は妻の過去の不実を思い出す。
〈「妻はほんの一瞬わたしに不実でした。そもそも私のしたなにかが妻を別の男の腕の中に追いやったのかもしれません。息子は二人の間のとげとげしさを見てしまいました。もう戻らないと言って去りました。」〉
 息子は疫病で亡くなったが、夫は妻に息子の墓に行くことを禁じた。
〈「復讐をしたいという小さな部屋を作っていて、そこに長年鍵をかけてきた。心の奥底に、罰したいという欲望があったのでしょう。」〉
 その墓の場所をみつけに行こうと思い立ったのがこの旅だった。徐々に二人の和解を進めたのは、お互いの努力というよりも、「忘却」に助けられたのだが、忘れていたのではなかった結果、最後は二人一緒ではなかった。
 作品の中から取りだしたい一文がある。
〈昔ながらの不平不満と、土地や征服への新しい欲望 ―― これをとりまとめて語るようになったら何が起こるかわからない〉
 現在の世界状況を見せられているようだ。
 戦争が起きるのは、昔の苦しさを忘れるからか、それとも恨みを覚えているからなのか。世界には、核弾頭が1万数千発あると聞く。「忘却」を象徴した竜のクエリグは戦士に退治された。だが、新しいクエリグが生まれ、戦争への道を忘却の霧で隠してしまう可能性も感じられる。
 竜は「忘却」を象徴し、『忘れられた巨人』の「巨人」は、「記憶」の象徴ではないかと読むと、集団でも個人でも、人間が覚えていたり忘れたりする現実のあやふやさを浮き彫りにしてくる作品だと思う。

(講師)


三行感想

〜 会を閉じて忘れぬうちに 〜


何回か読みかけましたが このファンタジーな世界に入り込むことができなくて とうとう最後まで読むことができませんでした。残念です。(M・Y)


難解!難解。いくらこの文字を重ねても、私には無理でした。構想10年もかけなくてもよいので、もう少し単純なものの方が私には楽でした。あまりにも題材も多いので、どこから深めていけばよいのかと…。巨人(忘れられた)とは? 登場する龍は何か?サンザシの役目は? (K)


「忘れられた巨人」とは、個のこと、集団のこと、民族のこと、歴史のことなど、全ての記憶ではないだろうか。(読書会の中で見えてきた)たくさんの疑問も生まれてきた。参加者の声を集めて、ひとつの山をつくる。読書会に参加できたことに感謝。 (E子)


読書会に参加して更に深く理解出来て、嬉しかった。蝋燭の使用を禁止された老婦人になぜ禁止されていたのかが、なるほどと判りました。(N2)


忘れられた「巨人」とは復讐や憎しみなどの感情のことだと理解し、だが読書会では「記憶」だと習った。人類は延々と戦い続けているが、過去の憎しみや復讐心を忘れることでしか解決できないし、平和は訪れない。戦いしか知らない中で育つ子どもは、幼い時から憎むことだけを教えこまれてしまっては、人を思う慈悲の心など育ちようがない。憎しみの連鎖は続いてしまう。
救いは「親しくなりすぎて憎しみの炎が弱くなった」という言葉や少年の「この親切な夫婦のことは憎まない」という言葉。こういうことを積み重ねていく以外、平和に近づくことはできないのではないか。「忘れる」ということを考えさせられた。(Y)


 老婦人アクセルとベアトリスの息子に会いに行く旅という設定からこの夫婦をとりまく時代、とからみ合わせ、ブリトン人とサクソン人という民族間の問題を提起していた。初めからファンタジーな文章で、ブリタニアという土地柄もあり、何を読み取っていくのか理解しづらかった。しかし妻のことを「お姫様」と呼ぶことで夫婦である前の二人の関係が読み取れたり、“霧”という存在が夫婦の先のことなどの問いかけになっており、自分も“霧”を晴らさせていきたいと思う読み方になりました。読書会で竜は何の象徴か?などの話を聞かせていただき、自分なり“霧”が晴れスッキリでした。「忘れられた巨人」と同じ意味をもつのではないかといって紹介された『ほら いしころが おっこちたよ ね、わすれようよ』を読むのが楽しみです。(R子)


舞台はイギリス、時代は5C終わりから6Cにかけて。二人の老夫婦の息子を捜す旅の途中で試練に会う。民族の対立、宗教の衝突、生活していく上での難しさ、記憶の彼方にあるものの大切さ、決して忘れてはならぬ過去、老夫婦を通して現代の今に通ずることを警鐘しているのでは。(YA)


本の題名から、無知な個人の不信と不安の本質は忘れられる事と記憶に残る(憎しみの連鎖)が続く。歴史は変わることなく、正義と復讐になる現代まで続く。平和へのテーマがあまりにも難しく考えさせられた。(M)


 

『忘れられた巨人』を読んで

  昔のイングランドの、霧の漂う、荒涼とした暗い大地。その片隅でひっそりと、アクセルとベアトリスの老夫婦は暮らしていた。ある日、離れて暮らしている(はずの)息子に会うために、旅に出る。旅の途中、ブリトン人の老騎士ガウェインやサクソン人の戦士ウィスタンなど、いろいろな人と出会う。
 不思議なことに人々はクエリグという雌竜の吐く霧のせいで過去の記憶を失い、少し前のことさえも曖昧になっている。断片の記憶をたぐり寄せながら歩む老夫婦。読んでいるこちらも霧に覆われる気配を感じながら、物語は進んでいく。

 かつてアーサー王率いるブリトン人とサクソン人の戦いがあった。殺し、殺されるという殺戮で血塗られた民族の記憶。その個々人の記憶を忘れさせることで、互いの復讐心を抑え、平和をもたらそうとした。ブリトン人が行った虐殺をなかったことにすることで、戦いを強引に終結させようとした。人々の記憶を忘れさせる霧は、クエリグの息にかけられたブリトン人の黒魔術のせいだった。
 クエリグを陰で守るブリトン人の老騎士ガウェインは言う。
「われわれは多くを殺した。認める。強き者弱き者の区別なく殺した。あのときのわれらには神も決してほほえまなかったであろう。だが、この国から戦が一掃されたのも事実だ」。
 クエリグを倒し、過去の残酷な記憶を甦らせ、「これまで遅れていた正義と復讐」を始めようとするサクソン人の戦士ウィスタンは答える。
「なにを愚かな、ガウェイン殿。大量に蛆を湧かせる傷が癒えるでしょうか。虐殺と魔術の上に築かれた平和が長続きするでしょうか。誠実に願っておられることはわかります。昔の恐怖が塵となり、飛び散るのをねがっておいででしょう。ですが、飛び散った塵は土中で待機し、骨は掘り出されるのを待っています」
 二人のやりとりは戦争についての本質を語っているようにも思える。

 物語を読み進むと、「忘れる」ことの意味、「記憶」とは何かということを考えさせられる。そして民族の「記憶」、個人の「記憶」とは何なのか、と。
 ガウェインは人々の記憶を忘れたままにすることで、平和を守ろうとし、ウィスタンは記憶を呼び戻すことで、隠されていたことを公にして、復讐という新たな戦いを起こそうとしている。人々にとって、一体どちらが幸せなのだろう。民族の封印された「記憶」=忘れられた巨人に、私たちはどう向き合い、どう扱えばいいのだろう。その記憶を思い出すこと、抱えて生きることは、個人が生きていく上で、どんな意味があるのだろう。意味の有無を考える前に、巨人は目覚めてしまうかもしれないけれど。
 
 アクセルとベアトリスも自分たちの「個人」の過去の記憶を取り戻したいと願うようになる。二人で分かち合っていた幸せなときを思い出したい、と言うベアトリスに、隠されたままでいてほしいと思うこともあるのではないか、と神父は訊ねる。ベアトリスは答える。
「悪い記憶も取り戻します。仮に、それで泣いたり、怒りで身が震えたりしてもです。人生を分かち合うとはそういうことではないでしょうか」
 二人の間にも、暗い過去があった。アクセルとベアトリスは、ためらいながらも、二人の暗い過去とも向き合うことを決心した。向き合う勇気を持つことができたのは、その事実を忘れさせてくれていた時間があったからだと、アクセルは言う。
「何か一つのきっかけで変わったのではなくて、二人で分かち合ってきた年月の積み重ねが徐々に変えていった、ということです。結局、それがすべてかもしれません。ゆっくりしか治らないが、それでも結局は治る傷のようなものでしょうか」
「霧にいろいろと奪われなかったら、わたしたちの愛はこの年月をかけてこれほど強くなれていただろうか?霧のおかげで傷が癒えたのかもしれない」
 一時、忘れることで救われることもある。しかし忘れたままでいることは、自分が欠けている状態のような気がする。記憶を取り戻したいと願うのは、自分という個は、記憶の、過去の積み重ねでできていると思うからだろうか。
 積み重ねた記憶が奪われることは、例えそれが残酷な内容のものであっても、自己を失うような感覚に近いことなのかもしれない。今を生きるのに、記憶を取り戻したいと願うのは、あくまでも今を生きるため。過去を思い出し、過去の復讐をはたしたとしても、過去は変わらない。わたしたちは誰もが今しか、生きられない。
「今この瞬間におまえの心にあるわたしへの思いを忘れないでほしい。
だってな、せっかく記憶が戻ってきても、いまある記憶がそのために押しのけられてしまうんじゃ、霧から記憶を取り戻す意味がないと思う。だから約束してくれるかい、お姫様。この瞬間、おまえの心にあるわたしを、そのまま心にとどめておいてくれるかい?霧が晴れたとき、そこに何が見えようと、だ」

 物語は他にも、いろいろと考える種があちこちに散らばっている。一番の弱者、エドウィン少年の存在も気になるし、船頭と島の存在も気になる。なぜアクセルはベアトリスのことを名前で呼ばず、「お姫様」と呼ぶのか、も大きな謎である。そこにはどんな意味が隠されているのだろう・・・。
 1回の読書会で話すには足りないような、興味深い本である。(C)


 カズオ・イシグロという作家を初めて知り、勿論初めて読む本である。そして何とも奇妙で不思議な内容である。アーサー王の甥が登場することから、舞台はブリテン、時代は5世紀おわりから6世紀になる。そこに住む老婦人アクセルとベアトリスが自分たちの息子を捜し求めてゆく旅の途中、いろいろあるが、最も大きなものがクエリグが吐く記憶を闇に葬る霧である。記憶がない状態の間は平穏であった老婦人、旅の終末に近づくにつれてクエリグも退治され、霧が晴れやがて記憶が蘇ってこようとする時、アクセルは恐れる。息子を思い出せないことは悲しいといっていたアクセルには切ないが過去の言動がベアトリスに及ぼす影響を懸念するアクセルには胸をグサリと刺される。息子の近くにさしかかると、今までべったりと仲の良い老夫婦に不穏が生まれ一人になることをあんなに恐れていたベアトリスが船頭とふたりで先に離れる場面には戦慄を覚える。記憶の回復はすべてがいい方向とはいかないが、しかし過去の記憶はとどめておかねばならない。連綿と続く民族の対立、国家間の衝突、宗教の対立、過去の記憶が無ければ、そこからは何も新しいものは生まれない。(YA)


本名はわからないが一応の名前をアクセルとベアトリスという老婦人が息子に会いに行く途中で出会う人々との出来事と、霧の中に時折浮かぶ過去の記憶とで物語は進んでいく。忘却により現在の平穏な暮らしを維持していたが、旅をしながら徐々に思い出した過去により、二人の関係は微妙に変化していく。ただ懐かしい記憶を取り戻したいだけの旅だが、記憶は必ずしもいいことだけではなかった。来し方にはお互い裏切りにあった過去もあり、そのことで息子は離れて行ってしまった。最後の最後にベアトリスは一人島に渡り、アクセルは使命を思い出したのかベアトリスの元を去って行った。一体今までの「愛」とはなんだったんだろうか。
サクソン人のウィスタンはブリトン人に好意を持ち始めたのだが結局ガーウィンを殺しクリエグを殺し、エドウィンを復讐心を忘れない兵士に育てあげると決意し、戦争の口火を切る張本人になるのだろうか。
 愚かさと、自尊心、人間の心の奥底に潜む何かを罰したいとう欲望、復讐を望む気持ちが巨人なのだろうか。 それが今まで竜の吐く息に依って各人の心に埋められ、表に出てこなかったということなのだろうか。
暴力や憎悪の連鎖から起こる争いを避けるには過去を忘れずにそこから学べと言われているが、誰かが覚えていることで争いは果てしなく続くのか、すべての人が過去を「完全に忘れること」で連鎖は断ち切られるのだろうか。記憶と忘却、それぞれの正義、いったい正しいという事は何なのだろうか。すべてが曖昧なままで終わり、読者は考えさせられる。各所に曖昧なままの種がばらまかれ、再読でのまた新たな発見を楽しみにしている。 (N2)



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