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  市立竹原書院図書館
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  4丁目7番11号  
  TEL 0846-22-0778  
  FAX 0846-22-1072

 

 

課題本

『鹿の王

上橋 菜穂子/著 KADOKAWA

読書会を終えて

吉川 五百枝

 『鹿の王』を読書会で読みたいと思っても、上下2巻で1000ページを越す作品である。この読書会は毎月1冊のペースで読んでいくから、厚みのある本の2巻となれば、1ヶ月で読み終わるのは難しい。そこで9月を含んで2ヶ月間貸りる事ができるように図書館から手配をしていただいた。
 上橋菜穂子作品は、度々評判になっていて手に取ることが多い。それだけに、作品の雰囲気が似ていると、他の作品の人物がダブって見えたりする。
『鹿の王』を読んでいると、『精霊の守り人』に始まる「守り人」シリーズのあの女用心棒バルサや成長していくチャグム皇子が、新しく登場したサエやユナを影のように彩る。どちらの作品にも実在する国や民族はない。けれども、作品の中でちゃんと地図が書ける。それどころか、共々に彼女の作品世界を一つのジグソーパズルのように組み込んで図柄を大きくしていく。
〈茫漠たる地平が感じられるのが好き〉〈読者が風を感じて、雲間から射した光が見えていてほしい〉とも言われる。虚構を特質とする小説だが、その中のリアリティを大切にしているという物書きの姿勢だろう。
『鹿の王』の始まりの舞台は岩塩鉱だ。日本には地形上岩塩鉱はないとされている。実際のものをみたことはないが、アルト・アウスゼーの岩塩鉱は。ヒトラーが組織的に略奪したヨーロッパの名画や彫刻を何万点も隠していたことで知られている。映画で見たこの岩塩鉱の様子が蘇った。虚構であろうと、吹く風が見え、光が動くのを感じられなければ1000余ページもついていけない。上橋作品は、その点では安心して読みに身を委ねられる。よく、こんなに書けるなぁと量と質に驚嘆してしまう。
 目に見えるような岩塩鉱の描写から始まって、生きものの生命についての物語が蕩々と流れ始める。
岩塩鉱に虜囚となったヴァンと、彼と出会うホッサルという医術師が主な登場人物だが、人物名も、漢字にカナの読みをふったり、カタカナで登場するから文化の系列はわからない。しかし、第1章から、捕虜になっているヴァンが登場するので、戦いは避けられず戦うからには権謀術数が横行しているわけで、その意味では、今の人間のすることとあまり遠いところの話ではない。しかし、人対人の疑心だけではなく、病という主題が底を流れていく。
 岩塩鉱でヴァンが見たのは、累々と転がる死体だった。数日前、山犬に似た黒い獣に襲われて、鎖に繋がれた捕虜はみんな噛まれて病を発症し亡くなった。ヴァンも噛まれたが、たった一人生き残る。なぜだろう。死と生をわけたのは何だったのかを疑問に思いつつ、ヴァンの逃亡奴隷としての旅が始まった。
 旅は、出会いと別れの繰り返しであり、そこに生まれる愛憎が生きることの内容となる。生き残ったヴァンが、たくさんの出会いを重ねていく様子が書き継がれ、二人の主たる登場者がであうのは、下巻の第10章に至って初めて実現する。
 それまでに、多くの死をもたらしたのが黒狼熱という病毒を持つ菌であり、その対応をめぐって治療薬と呪術との相違や、新薬と旧薬の支持者の言い分、病毒と闘う力をつける努力など舞台は整えられていく。
 岩塩鉱で獣に噛まれても自分だけが生き残ったのはなぜか、それを問いかけるヴァンと、説明していく医術師ホッサルの会話が続き、読者もヴァンと一緒に死ななかった理由を教えてもらうことになる。そこに〈病み済み〉という言葉が登場する。今私たちが病気によってはワクチン投与で防いでいる事実に思い当たる。
〈自分の身体の中で、いま、このときも、目に見えぬ小さな何かが病とたたかっている。そうやって、自分の命を支えてくれている。〉不思議な身体の仕組みについて、ホッサルと話し、助手のミラルと話し、読み手もヴァンと同じように納得していく。ここで話されている黒狼熱が、祖先から受け継いできた宿主としてのヴァンと共存し害をしないということは、外来の病気に冒される歴史をくりかえしている世界中の例を思い起こさせる。作者は、専門家の知恵をもらって書いたにしても、自身が研究者ではないから、「不思議」としか言い表せないことにたくさん出会って、目を輝かせたであろう雰囲気が伝わってくる。
〈「身体の死って、変化でしかないような気がしちゃうんです。まとまっていた個体が、ぱらっと解散しただけ、のような」〉ミラルのこの言葉に、うなずきながらも、〈この世に生まれた、たったひとつの形である私が消えることは....哀しいものですよ〉とヴァンはつぶやく。私の心にもずしんと沈んだ。ミラルの言葉は、私の知ることと同じようなことなのだが、死を悲しみややるせなさとして受け取ってしまう現実の私もいる。
 表題の「鹿の王」は何だったのか。鹿の王は、群の存続を支える尊ぶべき者であって、支配する者の意味は持たない。〈過酷な人生を生き抜いてきた心根をもって他者を守り、他者から慕われているような人のこと〉だとヴァンは説明している。
〈低く構えしこの角は 弱き命の楯なるぞ....〉書き出しのこの言葉が、最後の場面につながっている。ヴァンは、病毒を持つ獣を引き連れて深い森に消えていく。王であることは、なんとも尊く哀しいものであることか。しかし、もしヴァンが今の世に実在する人物なら、この解決法について敬意を持つゆえに何も言えないが、想像世界の作者には、全く異なる次の一歩を創作して欲しかった。文化人類学者としての上橋ワールドには、どこかにその芽があるのではないかと期待したい。ヴァンは森に消えたが、それが命の終わりではないことを、ホッサルの手に残されたヴァンの血清が象徴する。

(講師)


三行感想

〜 会を閉じて忘れぬうちに 〜


 壮大な物語でした。社会問題、医療問題等、様々な提起があったように思えました。『鹿の王』となる者は、自分の命を賭けユナや他のものを守るために森の中に入って行く。ヴァンの姿は、人として生きる姿だと思う。 (E子)


 読書会ってなんて良い時期に良い本を課題にされるんでしょう。前回のカズオ・イシグロといい。今回の上橋菜穂子さんの作品も。読書会があってめぐり会ったもの。読書会に参加して本当にうれしい。
(N2)


 とにかくわけがわからなく途中でヴァンが追いかけられてる所からおもしろくなりました。読書会でたくさんの人の感想で深まり感謝しています。医療、民族、難民、政治たくさんの問題を含んでいる。
(TK)


 面白いの一語につきます。上下巻すごい頁数ですよ。めげないで挑戦してみてください。話のスケールも大です。でも話のどこにスポットを当てて読むのもいいかも知れませんヨ! 現代の状況にもあてはまるかも… 色々な読み方が出来ると思います。(K)


 壮大でスケールの大きいファンタジーも思われる世界が広がる物語。生き方も生い立ちも違うヴァンとホースルの二人を通して生きる為に降りかかる困難や悩みを迎え撃つ。現在の私達にも同じ様な困難が覆いかぶさっている。(YA)


 身体の内と外の不思議な感覚。目に見える世界と見えない世界。この世界で共生と葛藤を繰り返しながら、太陽光の大きな世界の前では全てが巡回して時間はかかるけどまわっていく希望になれば良い。(M)


 大変長い物語だったが、先が気になり、どんどん読み進むことのできた本だった。民族紛争や移民、避難民の問題、新しい病と新薬開発など、現代にも通じる様々な問題点が散りばめられた広大なストーリーだった。たとえ民族が異なっても、家族のように生きていけるという部分に救いがあり、全体を通して暖かいものが貫かれている。涙と共に迎えたラストのその後が気になる。(Y)


 長編だったが、ストーリーの続きが知りたくてスムーズに読めた。森の奥へ行ったヴァンは、その後どうなったのか? ユナとサエは? 病気の事、免疫学の事、政治の事など、現代に通ずるものがあると思った。命のあり方について考えさせられる事が多かった。(KT)


 

『鹿の王』を読んで

 冒頭に光る葉っぱ話、終りにも光る葉のこと、生き物はみな、病の種を身に潜ませて生きている。ウミウシ日本にも200種はいると。ハチの干潟にもいます。初めて見たとき、なんときれいで、グロテスクなのでしょうと思いました。自分の知っている事柄が出てくると読んでいて興味がわきます。
 ホッサルは緑の藻(光る葉っぱ)の卵を通して、生、死、病のことを思い医術の道に進んだのでしょう。医術はすべてに関わっている。医術は人の命を救うだけの技ではない。この世が、どのように在るか、命とは何かそれをどう考えるか、そういうことのすべてに関わっている。
 人は理屈を後で作ることが出来る生き物だ。
 甘い言葉ではなく冷徹だが、ひとつの例外もないこの世の無常をつきつけて、生まれて消えるまでの間を哀しみと喜びで満たしながら。
 故郷を守るため、絶望的な戦いを繰り広げた戦士団の頭ヴァンは奴隷に落とされ囚われの身となる。
 飛鹿の群の中には、長でもなくても危難に逸早く気づき我が身を賭してたすける鹿が。こういう鹿を尊び〈鹿の王〉と呼んでいます。群を支配する者、という意味でなく本当の意味で群の存続を支える尊むべき者として。読みながら頭の中は大スぺクタクルの光景が、うずまいていました。映画を観たら、どうなりますかね。 (M子)


 物語の設定場所は一体何処だろう。読み終わってこれは世界の今の至る所に当てはまる舞台ではないだろうか。多民族との領土問題、そして移住民、得体の知れぬ病気の蔓延、近代医療を受け入れる医術師たち等々、正に現在の世界が抱えている環境と同じに見える。ヴァンやホッスルのように自分の置かれた立場、運命を自覚し、困難に翻弄され悩み乍も生きていくうち、和が見つかったり解決への明かりが点される時をつくる。最後に病素を体内に宿すヴァンが群の危機に命を張って守る鹿の王たる姿を守り、部族を救う為、森の奥にオッサムたちを引き連れて還っていく場面はシンとなる。何故? 還って行かなくても。せめてサエやユナ達と会えればいいが。(YA)


 飛鹿に乗り、故郷を守るために戦い、敗れて奴隷となった戦士ヴァン。その後黒狼熱という病にかかるが、多くの人が亡くなる中で生き残る。その因縁ある黒狼熱と闘う天才的な医術師ホッサル。二人の主人公、ヴァンとホッサルを軸に、病や民族の争いを内に秘め、物語は廻っていく。
 グイグイと物語の世界に吸い込まれた。文化人類学者で、ローズマリー・サトクリフが好きだという上橋氏の世界は、骨格がしっかりしていて、登場する人々は確かにその世界に息づいている。飛鹿や火馬など魅力的な動物たちが更に彩りを添える。ファンタジーの形を取りながらも、現代社会を見ているような、あまり異世界のような印象は受けず、上質なミステリーのような感もあり、読み応えたっぷりである。

 生物としての生と、人としての生。
 ヴァンは今までの人生から、ホッサルは病から、生きることの意味を探っている。生きるとは何か、そのことを医学から、自然科学から、宗教から、人との関わりから、争いから、憎しみや喜びから、あらゆるものの中から見出そうとする、壮大なテーマを秘めたこの物語。読了し、そのことを考えれば考えるほど、大きな渦に巻き込まれ、沈んでいくような感覚が私には残った。強く感じるのは、命のしたたかさである。ちっぽけな私の体の中の多くの命の営みが、世界に繋がるような法則を秘めている。その繋がりに、喜びを感じつつも、めまいにも似た恐ろしさも感じる。

 恐ろしい病気を身に抱いて、病原菌となる犬達を率いて、深い森へと姿を消した、ヴァン。己の命を張って群を逃がす鹿ーまさに鹿の王たる行為であり、ここで物語を終わることも出来ただろう。ヴァンの犠牲によって、人々は救われました、と。しかし上橋氏はそのヴァンを追う。ただの哀しい物語ではなく、希望ある明日へと導いている。
「才というのは残酷なものだ。ときに、死地にその者を押しだす。そんな才を持って生まれなければ、己の命を全うできただろうに、なんと哀しい奴じゃないか」。「そういう鹿のことを、呑気に、<鹿の王>だのなんだのと持ち上げて話すのを聞くたびに、おれは反吐がでそうになるのだ」。「弱い者が食い殺されるこの世の中で、そういうやつがいるから、生き延びる命もある。たすけられた者が、そいつに感謝するのは当たり前だが、そういうやつを、群れをたすける王だのなんだのと持ち上げる気もちの裏にあるものが、おれは大嫌いなのだ」。
<鹿の王>に対するヴァンの父親の語った言葉である。「気もちの裏にあるもの」を蹴散らすように、ヴァンに拾われた幼いユナは仲間達と飛鹿に乗ってヴァンを追って行く。周りの大人達の価値観を笑い飛ばすような、熱いパワーが心地よい。排除ではなく、受容を。きっと命は清濁併せ飲むのだ。それでこそ命、生きるということ。そんなメッセージも聞こえてくるような、飛鹿の疾走。
 ヴァンも言う。「その中で、もがくことこそが、多分、生きるということ」。
 きっとこのエンディングは『鹿の王』と題したときに、決まっていたのだろう。

 命は繋がっている、身体の死は、変化でしかないと、ホッサルの助手、ミラルは言う。それでもこの世に生まれた、たったひとつの形である私が消えることは、哀しいものだ、とヴァンは言う。私もそう思う。
そう、私はたったひとつだ。一度きりの命だ。(C)


 上橋菜穂子ワールドに魅了された。久しぶりにどっぷりと。上橋作品は私をとてつもなく広く高く深い世界の一部分であることを実感させてくれる。しかし課題本『鹿の王』の魅力をどのような言葉で紡いだらよいか、私は悩み続けた。

魅力1:人類が太古から陥ってきた「支配欲の罪深さ

 東采瑠(ツオル)帝国の皇帝、王幡侯のように支配に駆られる者+アカファ王国やオタワル聖領のように支配者に加担する者+モルファ氏族のように強かに共存共栄を企む者=支配する者VS火馬の民のケノイのように従属に反抗する者。人類は太古からこのような戦いに明け暮れてきた。多くの民は戦いの中に放りこまれ生活苦のなか従属するしかないというのに。21世紀の現代社会もこの構図は全く変わらない。残念なことに人類は「支配欲の罪深さ」を学ばないようだ。上橋は、
「防衛の負担、不平等な税、移住民の問題……確かにアカファ人を苦しめている問題は多い。しかしそれは政治的駆け引きによって解決すべきことであって、反逆や陰謀によって解決を図るような類のことではない」と言いきる。何という小気味よい痛快さ。

魅力2:終わることのない病理と医学の闘い

  我々生き物の身体は神秘に満ちている。身体の命は意志や魂とは関係なく維持されている。「身体も国もひとかたまりの何かであるようだが、雑多な小さな命が寄り集まり、それぞれの命を生きながら、いつしか渾然一体となってひとつの大きな命を繋いているだけ。」と上橋は描く。最新医学の進歩は著しく、病理学も免疫学も薬学も急速に解明されつつある。ホッサルは現代医学の象徴のように描かれ、彼の指導の下綿密な観察と分析、多様な実験考察等のたゆまぬ努力を垣間見ることができる。それに病理は刻々と変化する。パンデミックの恐怖を思うと終わることのない闘いである。
「生き物はみな病の種を身に潜ませて生きている。身に抱いている病の種に負けなければ生きていられるが、負ければ死ぬ。」
「私たちの身体が病んだり老いたりして死んでいくと土に還ったり 他の生き物の中に入って命を繋いでいく」と。星野道夫の『ナヌー クの贈りもの』を思い出す。私は潜在意識でこの境地に至るまで、生きたいという欲と闘い続けなければならない。難儀なことである。

魅力3:作品に漂う虚しさは般若心経

 アカファ王国与多瑠やトゥーリム、オタワリ聖領ホッサル、火馬の民<犬の王>ケノイの4者から命を狙われるヴァン。生き残るために懸命に戦う。そんな男を上橋は
「飛鹿の群れの中には、群れが危機に陥ったとき、己の命を張って群れを逃がす鹿が現れるのです。そういう鹿を<鹿の王>と呼んでいます。ですから私たちは過酷な人生を生き抜いてきた心根をもった他者を守り、他者から慕われているような人のことを心からの敬意を込めてその人を<鹿の王>というのです」と言う。
 まさにヴァンは<鹿の王>である。ヴァンは愛する妻や息子を病で亡くしガンサ氏族の独角の頭として戦いに負け奴隷となった。岩塩鉱で半仔に噛まれ生き残ってもなお、心の底に「虚しい」想いを抱える。時折著されるその虚しさに私は色即是空を感じた。読み進めていくうち「般若心経」が聴こえてくるようになった。
「生きることには多分意味なんぞないんだろうに。在るように在り、消えるように消えるだけなのだろうに」と、この「無常観」に行きつく までに上橋自身どれだけ長い時間深く苦しんだのだろう。ヴァンの虚しさは私に作品の奥行きを与え続けた。

還って行く者

 <鹿の王>ヴァンは飛鹿に乗って森へ還って行った。その後彼を
追った者達ときっと穏やかな日々を過ごしたことだろう。
やがて彼は死んでいくだろう。「在るように在り、消えるように消えるだけ」と想いながら。見事な生き様・死に様である。
 私達に「この世で今をどう生きるか」ということを真摯に考えさせてくれる上橋菜穂子ワールドの魅力はまだまだ消えそうにない。(S)


 この物語は架空の国で、文化や生活も作られたものである。でも、難民問題・テロ・医学・生物兵器などの社会問題をにおわしている。鹿の病気や菌を利用して圧制者を滅ぼそうとしているのかもしれないのか、偶然なのか人々が疑っている。今の社会の出来事を森や国に例えることもできる。上下合わせて1100ページに及び読むのも大変でした。私達の今の悪い出来事は偶然なのか意図的なものなのかテロのように黒幕がわからないところがある。どちらにしても人間はいつか死ぬのだからとあきらめることもできる。だれが敵でだれが味方か、人間の危うさも含めていろいろなことを考えさせられた。(TK)


 実に面白くて壮大なドラマでした。
 それぞれの属性によって生きる場所を定められ、命を宿しその生をいかに繋げるか。
 それはヒトだけでなくヒトを形作る臓器、細胞までもが各々の存在を繋ぐために活動している。細菌、毒、その他、悪とみなされるものも例外ではありません。
 ヴァンも体に入った黒狼熱の病素に侵されることなく免疫を得て、研ぎ澄まされた嗅覚、視覚、運動能力、腕力、を得ます。しかし病素と共存しつつも時によりヴァンの人間性が黒狼の野性性に負かされそうになるのです。それはまるで大国が他国に侵略し、独自の文化に影響を与える様と似ています。この病の治療に対してのオタワル医術と清心教医術の対立、病素を宿した犬を使っての大量殺人計画、モルファとして使い捨ての道具とみなされる一族。鹿の王とは群れが危機に陥った時に、己の命を張って群れを逃がす鹿、群れの存在を支える尊むべき鹿なのですが、ここでまた一ひねり、才とは。才とは残酷なもの、敵前で踊って見せる鹿はそれが出来る心と、身体を天から授かってしまった鹿。その才がなければ己の命を全うできたのだが。
 もうとにかくどの断面から読んでもいろいろと深く考えさせられる物語です。(N2)


紹介本一覧 (抜粋)

『明日は、いずこの空の下』
上橋 菜穂子/著 講談社 2014.09

『物語ること、生きること』
上橋 菜穂子/著 滝 晴巳/構成・文  講談社 2013.10

『 街なかの地衣類ハンドブック』
大村 嘉人/著  文一総合出版 2016.10

『 永遠のなかに生きる』
柳沢 桂子/著 集英社 2006.01

『 ウミウシ学 海の宝石、その謎を探る』
平野 義明/著 東海大学出版会 2000.05


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