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  市立竹原書院図書館
  〒725-0026   
  広島県竹原市中央
  4丁目7番11号  
  TEL 0846-22-0778  
  FAX 0846-22-1072

 

 

課題本

『黄色い皇帝

芝木 好子/著 文芸春秋

読書会を終えて

吉川 五百枝

〈谷底から蝶が一匹舞い上がってきた。大きな翅を振って上ってくるのをみると、黒い蝶の胴の左右に大きく黄色い弧が描いてあって、そのふちをグリーンで彩った、すごく強烈な蝶だった。頭は尖って、後翅にぎざぎざのある、凄い奴だった。〉
 ネパールの山に分け入り、身を乗り出すと谷底も見えないほどの濃い靄の中で、思わず〈黄色い皇帝!〉と叫ぶほどの妖蝶テングアゲハの新種に出会った主人公、伊能驤黷ェ、捕らえることの出来なかった垂涎の蝶をこのように表現している。ネパールの森林に、世界的に珍しいカトマンズ・アゲハを追って入り込んだときのことだ。題名〈黄色い皇帝〉とは、この新種の蝶のことだったのだ。
 これまで 蝶にかかわったことはないし、標本もどちらかというとまじまじと見たいとは思ったことがない。私は山の中に住んでいるので、大きな蛾に出会ってギョッとすることも多く、あの肢体をのぞき込む気にはなれない。蝶と蛾は、同じ仲間とされるそうだが、蛾に親近感を持ったことはない。
 ところが、芝木好子の筆にかかると、蝶の姿がまるで変わる。
『黄色い皇帝』に出てくるカタカナ名前の蝶たちは、それぞれに個性豊かな美しい斑紋の描写で、アケボノアゲハの紅色など贈り物にされてもうれしいに違いない。やはり、あらためて実物の蝶におめにかかるほかはないだろうと、蝶にも詳しい竹原書院図書館の館長様にレクチャーを依頼した。
 持ち込んでくださった標本箱には様々な科名が記され、初めて見るような蝶もたくさんならんでいた。標本箱には国内の蝶が居るだけだといわれたが、アゲハチョウの翅の美しさは、青だの緑だのと単純な色では説明できない。「わぁ、きれい」そう言うしかなかった。
 写真を使わないで蝶の姿を文章にした芝木好子の筆にも感嘆した。
 標本の作り方や文中に出てくる道具なども、詳しく説明してくださった。
 実物とは言いながら、標本は生きては居ない。本文中にも何度か出てきた蝶の最期の瞬間を司る指が、どうも受け入れられないのだけれど、そういう私は、他の生き物の最期の瞬間を誰かに託してその恩恵を被って生きているのだから、いのちある者の宿命を観ていくしかない。館長様も、子どもたちに見せる分しか捕っていないと言われていた。
 この作品は、蝶の生態記録ではないのに記述が詳しい。芝木好子が、鱗翅学者である五十嵐邁氏の指導を仰ぎ、しかも自分でも蝶にのめり込んで作品を書いたからのようだ。〈あとがき〉によるとネパールまで飛んだりして1年4ヶ月他の仕事も手につかず蝶に明け暮れたという。五十嵐氏は、この作品のモデルだとも言われている。
 蝶がそれほど魅力あるものなら、5歳の時から30歳のここまで25年の間、蝶に捕らえられている主人公伊能隆一を魅了するほどの人間は、周囲には限られてくる。肉親や蝶の仲間は当然として、外界から触れてくる女性は、蝶に勝る魅力を具えていなければならない。作者は、そこに二人の女性を配した。
 蝶を追う空気に馴染み、隆一を崇拝する少年、松宮 洋の母である松宮貴子と、美術出版社につとめる榊萬里子である。
〈整然と並ぶ蝶は肢体に、生物の標本の虚しい美しか見せていない〉と思うし、〈なぜ形骸をよろこぶのだろう〉と標本をながめる萬里子だから、蝶に魅入られた隆一を振り向かせるのは無理だろうと、早くから思わせる。隆一の蝶の蒐集に大して〈人を幻惑するものにおぼれる幼児性や、アブノーマルな底なしの執念〉をみるのだから、その目は冷静である。自尊心の意地もあって貴子と張り合うが、38歳の自然体をまとう貴子には追いつかない。
 一方、伊能隆一が貴子に対して持つ感情は、古い言葉ながら「懸想」という漢字を思い起こさせる。すぐに生物的に男女が求めあう小説や世相表現の多い最近では、なにやら古めかしい。作者が大正3年生まれだからといって、古色蒼然たる言葉の世界に引きずり込んでは申し訳ないが、“想いを懸ける”と言いたくなるくらいゆっくりと情が育っていく。対する貴子も、清楚な風情でしなやかに立っている。やわらかで、倒れそうでいながら激情から身をかわしていく。この二人の間を、蝶が、切れない糸のように繋いでいるので、距離があっても冷たさを感じない。隆一と貴子の間は、熟成していくお酒の樽ただ一つを見る気分で読んだ。
 貴子と萬里子が鮮やかな対比で解りやすいが、作者の手法が読み手に見えるようで、隆一の人間的な迷いや動揺が少々軽く感じられる。蝶の魅力に填まり込んだ隆一には、強引とも言える萬里子は重荷になるだろうと予想され、葛藤や選択の迷いをさっさと打ち消した感じだから、読みやすい安心感はあるが、恋愛の波乱のおもしろさはない。
〈土もやわらいで、白梅の真盛りの花びらが地面にこぼれる。花が咲き、昆虫が頭をもたげる季節の喜び〉を感じる貴子の様子を描く作者は、人間関係のしがらみや嫉妬を深くは追って行かない。貴子には夫が有り、洋も含めて家族3人の関係を詳らかにしようとすると、別の小説に仕立てなければならないし、倫理観も裁かねばならなくなる。だが、題名のように、アゲハチョウが作品の魅力を吸い取って膨らんでいく。
 地上の約束事を靄の底に沈めて、魂を虜にする「蝶」を持つことが人にはあるだろう。蝶の捕捉を試みて足を踏み外し、カトマンズの谷に横たわる隆一は蝶を抱いていた。
 水を含んだ筆でなぞられた水彩画のように人物の存在は薄く、景色の中を飛ぶ「蝶」だけがはっきりと色彩を得て大きく生き生きと見える。心奪う「蝶」を持つ者。
 今、手許に他の会のテキストである『思考の整理学』(外山滋比古著 筑摩書房)がある。その中に、「現実は二つある」という文が出てきた。こちらも30年ほど前の著書だが、眼前の物理的現実ともう一つの現実があると整理すれば、本、特に文学作品を読むというのは、二つの現実を自分のものにすることなのだと言ってもいいのかもしれない。
 自然の中を舞う蝶と、御しがたい心の中を舞う「蝶」と。共に、自分と分かちがたい現実なのだと合点するしかない。 

(講師)


三行感想

〜 会を閉じて忘れぬうちに 〜


 蝶に魅せられた一人の男性が蝶好きな高校生の洋君に出会い、さまざまな人間模様を“蝶”という世界の中に見事に表現していた。隆一をとりまく2人の女性もまた、“蝶”ではなかったかと思う。とてもていねいな言葉で文章にひき込まれました。最後が少し納得のいかな終わり方だったのも…いつまでもこの物語を思い出すものになるのかと思いました。(R子)


 作家さんが“一冊を書き終えて、これで言葉は自分のものになった。”を読んで、人間世界の生活で疲れてくると、私も蝶の様になって飛んで行き、なりたい自分は何だったのかと妄想する。(M)


 蝶にとりつかれて次第に深入りし、蝶が総てになってしまった主人公だが、私には蝶の魅力が理解できなかった。しかし、今日、読書会で実際に蝶の標本を沢山見せて頂き、館長さんが採集されているお話なども聴かせて頂き、その魅力が少し理解できるような気がした。読書会を通していろいろな世界に目を開かせて頂き、おもしろいと思う分野が広がってきていることがありがたいと思った。(Y)


 素敵、面白い、私はこの小説大好き。蝶にのめりこんだ主人公、彼をとりまく二人の女性の心理描写のすごさ。ゆったりと流れる時間! 作家の力量がいやおうなくとわれてます。のめり込んでください。蝶の世界に!ネットで蝶の美しさを調べるのも一興か?(K)


 趣味として未知のものに夢中になれるものがあると、きっと人生が豊かになるに違いない。主人公隆一は幻の蝶を追い求め、高校生洋の家族を巻き込み乍ら、とても巧みな文章と豊富な語彙で読む人を魅了しながら進む。蝶仲間や洋の両親のことなど活き活きと表現され、最初からおわりまで文章力がとても印象的な物語である。ストーリー性としても非常に興味深く、退屈せずに読破できる。(YA)


 蝶にこんなに夢中になる人がいるのかと感心させられたが、作家の言葉の豊富さと美しさに心を奪われました。昔のDVDがあったらみてみたい。 (TK)


 今日の読書会は最初にMr.館長の蝶のコレクションとお話を伺ってさらに蝶に深く入り込んで行く主人公の行動がさらに良く理解出来ました。趣味を超えて人生を左右するほど何かにのめり込むのも素晴らしい事だとつくづくうらやましい。(N2)


 きれいな蝶の標本、展翅の道具、採集の網等の説明、見学に感激した。テングアゲハに魅せられた隆一と少年洋の物語。洋の母親との恋愛と感じ方がそれぞれ違っておもしろかった。
 ストーリーの最後も気になった。生か死か。(KT)

『黄色い皇帝』を読んで

 12月の課題本暑い夏、盆に読んでいます。
 なかなか集中して読めませんが一生懸命に読みました。
 昭和51年頃に書いた作品なのですね。はるか昔、蝶にとりつかれた主人公、少し前では昆虫カブトムシが話題で百貨店で何十万円も出して買うとニュースになっていましたが、買う人と、捕まえる側の人と二通りありますね。
 蝶は、捕る方の方が多いコレクター憑かれるがごとくとなった人が多いと思います。時代によって流行がありますね。山にとりつかれた・今はアニメーションとか人それぞれですから非難は出来ませんが、周りの者は家族は大変なことでしょう。ましてや外国まで探しに行くとなると金と暇がかかりますね。自分は思いをかなえればこの上ない幸せなことですが。
 この本を読んで作者は、よく蝶のことを調べているよね思いながら読んでいました。あとがきを見て、作者自身が深入りし、ネパールやカトマンズまで行き 一年四カ月も他の仕事はなにも手につかない生活をしていたと。
 主人公=作者だったのですね。一体単射だからそうなのかと納得でした。
 平成の今、テレビを見ていて、昆虫に、とりつかれた男性、南方の(山尾に?)入り昆虫をつかまえ、売りビジネスにしているのをみて、金にかえる人生き甲斐とする人それぞれの人生なのだなと思いました。(M子)


 読み終えてとても印象的だったのが語彙の豊かさと会話を含めた巧みな表現。黄色い皇帝と呼ばれる幻の蝶を追い求める隆一。蝶を通して知り合う高校生の少年洋と、その両親。隆一との確執がある真理子。隆一を取り巻く蝶仲間を中心に読者の興味をそそる内容で話は展開する。
 登場人物は一人一人が個性的に描かれ、その人間性、内面性まで理解出来るような巧みな表現。中でも洋と真理子の存在は際立っている。
 テングアゲハやカトマンズアゲハ等写真を見れば何と美しい蝶なんだろうと思う。誰しも自分の目で飛んでいるのを見たくなるに違いない。隆一と洋の蝶を媒介とした生活が、洋の母貴子と隆一の結末を暗示させているようだ。
 洋が約束を果たさなかった時の隆一の感情に同情したり、反対に洋の判断を正当化したり、作者の人間の内面に迫る表現に魅了された。
 一人でカトマンズの山に幻の蝶を追い求める隆一の姿は鬼気迫るものが漂っていたのではないだろうか。今回の読書会では館長さんの収集された沢山の蝶を見ることが出来、又、蝶にまつわる色々な興味ある話を聞いて楽しい一時でした。(YA)


  蝶を追い求めるために、人や家族をふりまわしている主人公だが、蝶の友達のお母さんまで気をひいてしまうことになる。それをはた目に見て、主人公と結婚をしたくなる他の女性。
 人間は夢中になって人をふりまわしたり、うまくいきそうな男女の関係をわざとちょっかいを出してこわそうとしたくなるようだ。蝶のコレクターの中でも、他の人が貴重な種類の蝶を手に入れたとなると、むきになって、それを自分の手元にもらおうとしている。
 人間が何かに夢中になるだけでなく、それによっていつの間にか支配されていることがよくわかる。  (TK)


 蝶の魅力に心奪われた30歳の地質技師伊能隆一。同じ様に蝶に魅了された高校生の少年松宮洋。そして息子の夢を我が夢とし共に人生を歩もうとする母貴子。
 隆一を蝶の研究者として心酔する洋と隆一の師弟関係。蝶の研究に打ち込む息子を温かく見守る母貴子と隆一の恋愛関係。この関係の間を東京近郊やネパール・カトマンズの山中に棲息する美しい蝶が華麗に飛び回る。すると三人の心模様が蝶の舞うはばたきのように揺れ動き、幻の蝶「黄色い皇帝」へと誘い、作者の筆致と相まっていつしか作品を妖艶なものにしていく。
 隆一は叔父の紹介で榊萬里子と知り合う。彼は結婚を望んでいないのに告げようとせず、彼女から付き合いを断ってくれることを望む。貴子に対しても、夫の不貞を知り体調を崩し精神的にも奈落に落とされたような時に、恋愛感情を露わにする。「早く一緒になろう。いいね」と。何故か卑怯な部分を感じてしまう。隆一は貴子に何を求めているのだろうか。
 隆一を師として仰ぐ洋に対しても、蝶のことならきめ細かく世話をするのに、貴子への恋愛感情を言葉にのせて洋に説明することなく、一家のアメリカ移住に対して「ニューヨークかカトマンズか、二者択一だ」と迫る。乱暴ではないか。当然洋は大きく動揺する。悪くすると二人と断絶になる可能性だってあるではないか。
 貴子の「私には洋がいるわ。時々こうしていられればうれしい。」と隆一に言った言葉も、自分がどうしたいかというより母として息子の夢の実現のために自分の人生を捧げているかのようである。そういう時代であったかもしれない。また、不倫しその相手との間に子供までつくっても謝ろうともしない夫義高に対して手紙で離婚しようと告げるが、離婚どころかアメリカ行きを勝手に決められてしまう。理不尽この上ない。
 義高は洋と貴子が蝶に関わることを何の役にも立たないと蔑む。そして己の家族への裏切りを謝罪するどころか、亭主である自分が家族3人でのアメリカ行きを決めたのだから家族は従うべきと決めつける。もしかすると内心詫びていても言葉にすることを得意としないから口にしないだけなのか。義高はアメリカ在住2年間で3人の関係は元に戻ると都合よく考え楽観視するが、貴子は決して義高を許さず息子洋が独立したら離婚するだろう。義高は人生に何を求めているのだろうか。
 彼のように欺瞞的な考えの男性を昔テレビ番組の中でよく観たなと回想する。作品が発表されたのは1976年だから今から約40年前だ。人生に求めるものが個によって違うのは当然だが、時代によって女性も男性も大きく異なることをまざまざと痛感する。
 再々度訪れたネパールでひとり隆一は、山中の幽谷から舞い上がった幻の蝶を見た。大きな黒翅に黄の紋章を貼り付け緑で縁取った蝶「黄色い皇帝」はテングと呼ぶに相応しい頭部を突き立て、気流に乗ってぐんぐん上がってきた。隆一はこの幻の蝶を洋や貴子と一緒に観たかった。蝶をネットに入れた瞬間、彼は足を踏み外し、今彼は怪我をしたまま、崖の途中にいる。読者に余韻を残しながら小説は終わる。
 私は大自然の中で、生きる喜びをはばたかせる蝶が好きだ。そんな私に「ネパール・カトマンズに行きたい!」と想わせる罪作りな小説であった。モデルは五十嵐邁という昆虫学者であるという。
 作家芝木好子さんが、知っているようで知らない蝶を題材にし、構成に工夫を凝らし、古くからの美しい日本語で紡いでいることに感服する。作家って本当に素晴らしい。  (S)



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