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  市立竹原書院図書館
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課題本

『光抱く友よ

高樹のぶ子/著 新潮社

読書会を終えて

吉川 五百枝

 1984年に芥川賞を得て、その年、新潮社から『光抱く友よ』は出版された。
 高校生二人が主人公の友情物語として読み流していたが、その後2004年に、他の読書会でもう一度読み直すことになった。今回で14年ぶり3度目の出会いとなる。
 2004年にこの作品と出会ったとき、これは単なる友情物語ではなく、作者の懐の深さを示す文学作品であると気がついた。その20年間が経過する間に、私は自分の目を開いてくれる1冊の子供の本に出会ったのだ。
『パノラマ大宇宙こども惑星の旅』(画・文 岩崎賀都彰 1990年 平凡社)である。そして、たまたま、伊豆高原にある「岩崎一彰・宇宙美術館」をふらっと尋ねる縁もあって『光抱く友よ』は、友情物語にとどまらない視点の変革をもたらす揺さぶりの作品となった。
 まるでカメラで写し取ったような宇宙風景が並んでいる美術館で、各原画には横にルーペがぶらさげてあり、写真ではなく、描かれたものだと解るようになっている。
『光抱く友よ』のもう一人の主人公である松尾勝美の部屋にあったあの30枚もの宇宙画がそこにあった。
 スペース・アーティストと言われる岩崎賀都彰の原画は、現在人間が行くことも出来ず、宇宙望遠鏡でも写真に撮ることも出来ない位置から見た宇宙風景が描かれている。
〈こっちはね、木星を衛星イオから見たところ〉と勝美が説明する絵は、たしかに、『パノラマ大宇宙こども惑星の旅』に使われている1枚である。木星を地球上から見る事はできるが、衛星イオの位置から木星を見る事はできない。様々な研究や観察の結果から岩崎が想像して描いた風景画である。
 この見る事のできない位置の木星にも惹かれたが、一番私を空中に放り上げたのは、『パノラマ』の次のページに展開する土星の風景だった。リングを持った土星は、地球上や宇宙望遠鏡でとらえられてよく目にする。つばのある帽子のようなスタイルはおなじみだ。ところが 岩崎は、そのリングが垂直に見える位置から描いた。地球からではなく、土星の衛星テチスの赤道付近から見ると、リングは垂直に立っているように見えるそうだ。
 この子供向けという本は、私の世界観に衝撃を与えてくれた。
 土星のリングは、帽子のふちのような形をしていると思い込んでいたのに、見る位置によっては垂直なのだ。私が、これしかないと思っていることのなんという危うさか。
 高樹のぶ子は、いつか、このスペースアーティストの作品群に出会ったに違いない。そして、私が驚かされたように、きっと驚いて息をのんだことだろう。
 松尾勝美という少女と、相馬涼子という少女と、この二人の高校生を誕生させ、二人の世界の違いを、宇宙画の世界と天体望遠鏡で見る世界の違いとして書き表したに違いない。
 作者の家庭環境は、代々教育者が続いているそうだから、あまり世間の物差しからはずれることなく、無難な世界に馴染んできたと思える。主となる登場人物、相馬涼子は、この作者のよく知る世界の住人として振る舞う。涼子の父は大学教授であるし、専門の話もしてくれるような父親ぶりである。涼子自身も、学校生活はそれなりの位置を守ることができ、不安定な要素は無い。
 一方の松尾勝美は、借金を重ねた末2歳の自分を捨てた父、病身で飲んだくれの母、こういう二人を両親とする生い立ちだ。
 涼子には、勝美が理解できなかっただろう。
 勝美の部屋を飾る宇宙風景画を見て、勝美は天体が好きなのだろうからと、父親の持ち帰った天体望遠鏡を見せようとする涼子の行為が描かれて、二人の違いが明らかになる。勝美は、天体に興味があったのではなく、地球上に足場を持たぬ不安定さ、浮遊感、底なしの闇に向う危なっかしさなどに心が共鳴したに過ぎない。
〈音も光も届かない場所を漂っている感じ〉
〈人間はとことん無力だと思えてくる。〉
〈自分の力が本当に何もないんだって。チリかゴミみたいなもの。真実在るもんを、この目で見ることが出来んわけよ〉勝美が浸っているらしい宇宙風景画から漂ってくるこれらの感覚を、涼子の言葉にしたところで涼子は勝美を通してしか自分に馴染ませることはできなかった。
 だから涼子は、自分とは違う勝美の大人びて疲れを溜めながらも凛としたところにあこがれた。勝美が涼子の胸の片隅に持ち込んだ〈ものがなしく、どうにもやりきれないがらんがらんの風穴〉が、涼子のこじんまりと整った世界を押し広げることになった。
〈これまで17年間、うちの心がきちんと片づいとったところをひっくり返したんよ。〉それが涼子にとって勝美の存在の仕方だった。信じて立っていた大地が、勝美の属する世界によって、浮遊する感覚となる。
〈そうか。ああいう友達は大事にするんだな〉という涼子の父親のセリフが良い。自分が確かめるまでわからんことはわからんままにしておけという父親に相応しい言葉だ。疑念を黒白きめつけないで大事にしておけという意味と受け取れば、それは 作者の意識そのものだ。
「人は黒でもなく白でもなく誰でもが灰色で、しかも変わりゆく不完全ないきもの」(毎日新聞コラム)という人間観を、作者は文学がかろうじてささえていると考えている。
 涼子にとって勝美は、自分では触れない闇を照らす光であったろうし、勝美にとっても涼子は同じ意味で光であったろう。人間にとって、闇と光は対立するものではなく、固定したものでもない。光はいつでも闇になり、闇はいつでも光となる。
 今回は、私は涼子より勝美に近付いたように思う。お互いが光を抱く友だ。生きる道は異なろうと、〈深さを測ることの出来ない夜空に、星のまたたきひとつ探し出せなかった〉という最終行に,私は光を見る。それぞれが、瞬く星が見えぬ暗夜でも、星が光を放っていることを知ればこそ探そうとするのだ。見えなくても、星の光を知っていれば光は在る。心に見える星は在る。その星を友と言うのもいいではないか。

(講師)


三行感想

〜 会を閉じて忘れぬうちに 〜


 人間は誰しもその身に「光」を抱いているのではないだろうか。そのことを宇宙を見つめることから見させてくれた樹のぶ子さんのペンの力に感動しました。(E子)


 作家さんの発想のすごさ。若い時から何を考え行動されて、作品にされてこられたのか。別の本を読みたいと心から思いました。思い込みを変える事の大変さと問題のとらえ方と解決の仕方が変わりそうです。(M)


 光に合わないと欠けているものに気がつかない。欠けているものを見せてくれるのが光。いつも地球側からの視点でなく、衛星から木星をみるかの如く。立ち位置が変われば全く違う見方になるということが書かれていたと理解した。(Y)


 作者の真意を理解するのは難しいかもしれませんが、内容を熟読すると、なかなか奥の深い小説です。漢字の使い方が素晴らしい!でもそれに気をとられていると前になかなか進めません。芥川賞です。短編です。是非是非おススメです。(K子)


 読書会で話を聞いて考えも少し深くなった。対比的な二人の女子高生勝美と涼子を通してどのような生き方をすべきなのか。環境のきびしい勝美親子の懸命な生き方に裕福な涼子が勝手にほのかな光を思い、自分でも気づかないだろうけど、光が降りそそいでいるのではないだろうか。先生のお話に魅入られた。(YA)


 主人公は三島を尊敬していたが、不良の松尾に関心を持つ。人はそれぞれの立場、場所で、一生懸命生きていて、それぞれいい所や光があると感じた。(TK)


 皆から不良少女と思われている松尾と優等生の涼子の交流と別れがきれいな文章で書かれていて、スムースに読めた。宇宙画にストーリーの重要な役割があるとは思わなかった。皆さんの感想を聞きながらストーリーの表面しかみえていないことを痛感し、でも、これが読書会の楽しみだと思った。(KT)


 自分で読んだ時は、文章の表面しかみることができなかったのが、話を聞いているうちに本の本質、自分の欠けている所をおしえてくれているのが友達だということが思いあたった事がありました。(Kくん)

『光抱く友よ』を読んで

 生活環境の全く違う二人の女子高校生、相馬涼子と松尾勝美。松尾が教師の三島に叩かれているところを目撃したことで、二人は接点を持つ。淡い憧れを抱いていた三島の態度に、軽蔑と怒りを覚える涼子。涼子の変化は大人への入口に立ったということかとも思ったが、本当の(?)大人は、そんな三島の態度に動揺したりはしないな、とも思った。ああ、人間なんてそんなもの、と思うだけのような気がする。涼子の純粋さは、無知の純粋さなのだと思う。松尾と少し親しくなり、自分とは異なる家庭環境に戸惑い、その事実をどうやって自分の価値観の中に取り込めば良いのか、右往左往している涼子。その姿は何となく歯痒く、かつて自分もそのようなことがあったような気がする。
 アルコール依存症の母親との荒れた生活、母子関係の複雑さを見せられた後で、涼子は星の好きな勝美を自宅へ招き、無理言って父親に用意させた望遠鏡で天体観測をする。勝美が喜ぶだろうと思って行ったのに、勝美の態度に腹を立て、自分の失望だけを言い放ってしまう涼子。その行為、無知故の純粋さが、実は相手を追いつめていることに気がつかず、自分の罪深さにも気がつかず・・・若さは本当に残酷なものだと、つくづく感じる。若さとは言ったが、実は精神的な成熟度のようなもので、年齢とは関係がない。いくら歳をとっても、分からない人には分からない。
 涼子が勝美を追いつめたその結果、二人の距離は再び離れてしまった。しかし、よく読んでみると涼子も勝美の存在に追いつめられていたのかもしれないなとも思った。「振りまわされるのは嫌だ、と涼子の方が妙に構えて松尾を見ると」、「追いかけているのは自分の方らしい、とふいに思われてきて立ちどまり、松尾を黙って見下した」。自分が勝美を追いかけている。そのことになぜ涼子は抵抗があるのか。涼子はどこか、勝美と自分の位置関係を気にしているからだと思う。どちらが相手に影響力を持つのか。そんなことが、自分の立ち位置を決める重要な指標なのだろう。
 自分のことだけを悩み続ける涼子に対し、勝美は常に自分の周囲との関係に思い悩んでいる。アルコール依存の母親の存在にウンザリしながらも、大切な存在で、支えられるのは自分しかいない、と健気に日々を生き抜いている。
 生活環境は違うが、手紙の件で助けてくれた涼子。「あんたにわかってもらおうとは思わんけど、人間には辛抱できる辛さと、できん辛さがあるんよね」と言い放ちながらも、涼子の存在は、勝美にとって、彼女ならこの痛みを少しでも分かち合ってもらえるかもしれないという淡い望みをもったのだと思う。涼子が考えるよりも、涼子の存在は勝美にとって大きなものだったのだ。だから、自分の内面ともいえる星の部屋を涼子に見せた。自分のことを分かって欲しくて。しかし涼子は見かけより幼かった。相手の立場に立って考える想像力がまだまだ育ってはいなかった。
「深さを測ることのできない夜空に、星のまたたきひとつ探し出せなかった」
 という最後の文章が、私の心に哀しく響いた。(C)


 価値観の多様化が言われて久しい。現在、価値観の相違で離別したり距離を置いて社会生活をしたりする人も多い。だがその違いを埋めようとしたら、こんなにも素晴らしく豊かにする出会いもあるのだと、読後の私は感動に浸っている。
 主人公の相馬涼子と松尾勝美は、瀬戸内に面した市街地にある高校に通う女子高生。
 しかし、二人の家庭環境は両極にある。
 一方の相馬涼子は、大学教授の父と家庭的な母をもち、引っ込み思案である。またいわゆる“世間の常識”の中で育まれた価値観を身に付けている。その彼女が“松尾(作者は敢えて姓で表記)”と出会い、彼女の母親が書くべき手紙の代筆をしたり、彼女の部屋で宇宙画の話を聞いたり、自宅に招いて天体望遠鏡で星を見たりと、いっしょの時間を過ごしていく。
 その中で、“松尾”のフローズンアイデンティティ(読書会で学びました)に触れ、松尾の存在が自分の心のがらんとした風穴をふさいでくれていることを自覚し、これまで培われた世間の常識的な価値観を粉々に壊し、自身で新たな価値観を見出そうとしている。涼子のこの様子がたまらなく愛おしい。結果として、恋に恋する乙女から、大人の女性として自身の価値観(人の見方)を築き上げていくほど成長した。だからこそ見えてき友“松尾”が抱いている「光」。

 他方の松尾勝美は、幼い頃自ら失踪した父とアルコール依存症で精神的に不安定な母をもつ。母は生活のすべてを娘に依存している。母娘は場末の酒場を営んでいるが経済的にはかなり苦しい。身体的にも精神的にも早熟な“松尾”。人生の倦怠感すら漂わせている。中学校時代からひと月に一回は家出を繰り返している。その後米軍の米兵マーチンと付き合う。マーチンは星マニアで、教えてくれた宇宙画。松尾は涼子に<木星を衛星イオから見たところ>と指さす。「視座を変えたらこんなにも見えるものが変わってくるのか!」と驚いた。吉川先生が『パノラマ大宇宙』を手に説明してくださっている所を、思わず撮影してしまったくらいだ。彼女は一貫して自分が築き上げてきた価値観(フローズンアイデンティティ)で、涼子も周りの人々も見ている。その姿は凛として媚びない。
 
 本作品は両極にいる二人の女子高生が微妙な距離を保ち、緊張感を持ちながら淡い友情を重ねていく過程を描いているが、視座を変えたらその人もその人の価値観もこんなにも見えるものが違ってくるということを作者は言いたかったのではないだろうか。
 決して綺麗ごとの「心の通い合う友」ではなく、距離を詰めるとお互いが傷つき合い、淡くも儚い友情に終わる二人の関係だが、けれど二人の心の一番深いところは一瞬確かに重なり響き合った相馬涼子と松尾勝美。だからこそ涼子は松尾に「光」を見出し、松尾も涼子に「光」を感じた。
 涼子が見出した松尾にとっての「光」は、「愛すべき母親の尊厳と守るべき母親との暮らし」。
 松尾が感じた涼子にとっての「光」は、「一人の女性としての成長」
 作家高樹のぶ子さんは、何とも言葉に著しきれない想いや揺れ動く心の機微を言葉に置き換えるのがとても上手な人だなあと感服する。作家って本当に素晴らしい。 (S)



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